うつ病のような行動を引き起こすグリア細胞の起源

最近の研究によると、うつ病の患者では、脳の中心部にある小さな部位・手綱核の機能異常が報告されています。手綱核はうつ病の病態に深く関与するセロトニンなどの神経伝達物質の放出を制御する脳部位です。ヒトにも手綱核があり、うつ病での血流異常が報告されるなど、うつ病との関係が注目されています。手綱核の活性を調節するメカニズムの解明は、うつ病の発症メカニズムの解明や新たな治療法を開発する手がかりになります。

うつ病の病態を詳しく調べるために研究グループは、うつ病の発症に関与する脳部位である手綱核の起源をさかのぼり、出生直後に生まれた脳細胞の一種・アストロサイトが、手綱核に移動して神経回路の活動の強さを調節していることを明らかにしました。

Aizawa H, Matsumata M, Oishi LAN, Nishimura F, Kasaragod DK, Yao X, Tan W, Aida T, Tanaka K. Potassium Release From the Habenular Astrocytes Induces Depressive-Like Behaviors in Mice. Glia. 2024 Nov 29. doi: 10.1002/glia.24647. Epub ahead of print. PMID: 39612187. [広島大学プレスリリース] [Fulltext]

図1

具体的には、手綱核を構成する細胞の役割を明らかにするため、研究グループは、マウスを使ってその発生起源を調べました。一般的に脳は、神経細胞と様々な種類のグリア細胞から構成されています。実験の結果、神経細胞は胎生期に誕生しており、グリア細胞の1つであるアストロサイトは、生後に誕生していました。研究グループは、神経細胞の活動を調節する細胞として注目を集めているアストロサイトに注目し、さらに研究を進めました。その結果、これらの手綱核のアストロサイトは、出生直後にDbx1遺伝子を発現する小さな領域から誕生し、手綱核へと移動していることがわかりました。

図2

このようにして特定されたアストロサイトに光感受性タンパク質ChR2※6を発現させ、光照射により活性化させたところ、手綱核の神経細胞が過剰に働き始めました。アストロサイトから神経細胞へ作用するメカニズムを調べると、活性化したアストロサイトが細胞外にカリウムイオンを放出し、神経細胞を興奮させていました。また、このカリウムイオンの放出にはKirと呼ばれるタンパク質が関与していることも判明しました。

図3

このようなアストロサイトの活動が高まったマウスでは、活動量が減少したり、拘束されると諦めて動かなくなってしまったり(絶望状態)、興味や喜びが低下する(無快楽症)などのうつ病のような行動が誘導されました。

図4

これまでのうつ病研究の多くは、神経細胞の機能不全に関するもので、アストロサイトのようなグリア細胞がうつ病にどのように関与するかは、あまりわかっていません。今回の研究結果は、脳の一部に由来するグリア細胞がうつ病のような症状を引き起こす初めての成果で、Kirなどのカリウムイオンの代謝に関わる機溝がうつ病を惹起する可能性があります。今回の研究を契機に、神経細胞の機能をその周りから調節するグリア細胞の機能を標的として抗うつ薬の開発が進むと期待されます。

相澤 秀紀
相澤 秀紀
教授

宮城県出身、博士(医学、千葉大学大学院)。精神科での経験を背景に神経解剖学・生理学を活かした研究で疾患の病態生理に迫りたい。

松股 美穂
松股 美穂
助教

理化学研究所研究員を経て広島大学助教として参加。遺伝子改変動物の行動学的解析を基盤に脳の働きを明らかにしています。

Laura Ayaka Noguera Oishi
Laura Ayaka Noguera Oishi
大学院生

OishiさんはAutonomous University of Madridを卒業後、広島大学の大学院で神経科学の研究を始めました